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べース弾きなら朝飯前、音楽好きの方々も、ジャコ・パストリアスの名前を知らない人はいないでしょう。エレクトリック・ベースの革命児と呼ばれたジャコの伝記映画『JACO』が日本でも12月2日から公開されました。MetallicaのRobert Trujilloが総監督を務めた本作、2時間弱に渡って生前のジャコを知るミュージシャンのインタビューで構成されています。近年よくある役者が演技を交えるものではなく、シンプルなドキュメント。無駄な装飾がないので、ジャコに興味のある人には素直に入り込めると思います。特にウェザー・リポート期のザヴィヌルとの関係性、ベーシストとして音楽家として大成しても芸術性を求めた姿勢、家族思いなキャラクターなどは、関係者の肉声を通すことで、ジャコの人間性がリアリティを持って伝わってきました。

ジャコの魅力は本編で語られているし、演奏家としての革新性やここに書くと長くなるので、個人的なエピソードを書こうかと思います。ベース弾きの僕にとってジャコといえば「Modern Electric Bass」という教則ビデオ。高校生の頃にレッチリのフリーを教則DVDを見まくって、(自分のなかでは)ほとんど弾けるようになり、意気揚々と次はジャコだ!と、学生の頃に4800円という強気の値段設定のVHSを買い、そのあまりの演奏技術の高さに、挫折しまくった想い出があります。その後、縁があってBASS MAGAZINEで働いていたときは、ジャコは死後、過去音源の発掘作がリリースされたり、ジャコが使用していたフェンダー・ジャズ・ベースが発見されたりと、真新しいニュースがあるたびに特集を組むという“超偉人的”な存在。自分としては、ジャコは偉人過ぎて雲をもつかむ感じであり、もちろんどんな人生を送ってどんな音源をリリースしてきたかは知っているのですが、しっくり来ていなかった部分がありました。文章と音楽でJACOを知っていてもアタマのなかではどうもモノクロな存在であった(写真もモノクロが多いし)のが、この映画で、色彩豊かな感覚でジャコを捉え直すことができました。

正直、映像資料の少なさや、ザヴィヌルの存命中に直接ジャコについて聞いてほしかったりとか、いろいろと思うところはありました。そんななか、本編の雰囲気をぶち壊すのがRobert Trujiloが本編の最後でBass of Doom(ジャコが愛用していたジャズ・ベース)を持って、「For Whom the Bell Tolls」を演奏するシーン。たぶんTrujillo的にはジャコを音楽性を“Punk Jazz”と捉えてのパフォーマンスだったのでしょう。ただ、ベーシストの個性を潜めてMetallicaというビッグバンドに加入したRobert Trujilo(と僕は思う)が、個性を貫き通したJACOの伝記映画を監督し、こちらもMetallicaの故人Cliff Burtonが作曲したベース・ラインをJACOのベースで模倣するという。ベーシストたるものがジャコに憧れを持つのは当然のことでもありますが、一人のプレイヤーが自分の個性を、もしくはアイデンティティをどこに置くのかという意識は、同じ楽器を演奏する人間でも、こうも異なる軌跡を描くのだなと。もちろんRobert Trujilloが持つジャコへの愛情がなければ、この映画は生まれなかったでしょう。そんなTrujilloに加えて、本編に登場するFleaやSting、Bootsy Collinsなど、多くのベーシストたちの群像劇が見え隠れするのも、この映画の面白さのひとつなのかもしれません。

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